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大阪地方裁判所 昭和45年(わ)2524号 判決 1974年5月31日

主文

被告人は無罪。

理由

一本件公訴事実の要旨

1  主位的訴因(破産法第三七四条条一号違反)

被告人は貸金業を営み、三山泰男こと玄乙福および同人の経営するみやま化工株式会社(代表取締役玄乙福、以下、単にみやま化工という。)に対し、多額の金員を貸付けていたものであり、右みやま化工は昭和三八年二月五日一般支払いを停止し、同五月二七日破産宣告を受けた(同六月二二日確定)ものであるが、被告人は、これに先立つ昭和三八年二月四日頃、右玄乙福と共謀のうえ、みやま化工が債務超過になり、約五〇名の一般債権者に対し支払不能となることを認識しながら、被告人の利益を図るなどの目的で、大阪市内の被告人方において、右玄をして、みやま化工の破産財団に属する現金五〇〇万円、受取手形金額合計七四一万六九一五円、受取小切手金額合計二五二万三六九〇円、在庫商品価格約二〇〇万円、乗用自動車価格約三〇万円、預金債権等合計七三二万二九八六円を被告人に対する貸金債務の弁済又は代物弁済として被告人に支払わせ又は譲渡させ、もつてこれらを一般債務者の不利益に処分したものである。

2  予備的訴因(破産法第三七五条第三号違反)

被告人は貸金業を営み、玄乙福および同人の経営するみやま化工に対し多額の金員を貸付けていたものであり、右みやま化工は昭和三八年二月五日一般支払いを停止し、同五月二七日破産宣告を受けた(同六月二二日確定)ものであるが、被告人は、当時みやま化工が多額の負債を負い支払ができない状態にあつて破産の原因となる事実のあることを知つていたにもかかわらず、右玄乙福と共謀のうえ、債権者である被告人に特別の利益を与える目的をもつて、昭和三八年二月四日頃、大阪市内の被告人方において、右玄乙福をして被告人に対して負担する貸金債務の弁済のため、みやま化工の破産財団に属する受取手形金額合計七四一万六九一五円、受取小切手金額合計二五二万三六九〇円、在庫商品価格約二〇〇万円、預金債権等合計八一五万九〇九五円を被告人に譲渡させ、もつて、債務の消滅にして債務者の義務に属さない行為をなしたものである。

二当裁判所の認定した事実

(一)1  被告人は昭和三二年頃から肩書住居地(旧表示大阪市西成区橘通三丁目一一番地)において、三喜商事の名称で貸金業を行つていたものであるが、終戦前後からの知り合いで、みやま化工を経営していた三山泰男こと玄乙福の要請により昭和三二年頃から右みやま化工に対し手形貸付の形態で金員を貸付けるようになり、同三七年八月頃にはその貸付金額が約四〇〇〇万円になつていたところ、その頃、右玄より、同年秋にはみやま化工の業績が好転して相当の利益が見込まれ、同年末までには必ず元金のうち一〇〇〇万円位を返済するから四〇〇万円貸してほしい旨の申出を受けたため、すでに昭和三三年九月頃に抵当権を設定してあつた同人の父玄龍九名義の不動産(当時五〇〇万円の債権額として登記、但し、大阪市信用保証協会など先順位の根抵当権者があつて、被告人は第二順位)および新らたに玄乙福の兄嫁権順禮名義の不動産につき債権額一五〇〇万円の抵当権を設定したうえ、みやま化工に対し金四〇〇万円を貸付けた。

2  しかしながら、その後約束の昭和三七年末となつても金員が少しも返済されず、同年九月以降の利息分金員も納入されない状態であつたため、被告人は、翌年一月一〇日頃、玄乙福に対し、約束はどうしたのか、守られないのなら担保不動産を処分してしまう旨申し向けることとなつたが、これに対し、右玄が金を集めるだけ集めて返すから、親の財産を処分するのはやめてほしい旨申し出たので、それであつたら集めてみよ、そのうえで考えてみる旨答えた。

玄乙福が右のように申し出たのは、父らの不動産が処分されることは子として面目なく、そのような事態を何としても避けたいとの気持からであつて、みやま化工の業績が不振で、当面その好転の見通しもないから倒産に至るのもやむをえないが、この際その現金、預金、売掛金などを被告人に引渡して誠意をしめしておけば、不動産の処分だけは免れられるし、将来、資金的援助を受けることもできるのではないか、と考えたためである。しかし、被告人は、当時みやま化工の資金操りが相当に苦しいという程度の認識を有していたにとどまり、玄乙福の真意までは察知していなかつた。その後、玄は売掛金の回収等を行い、他方被告人は、一、二回、玄に対し、右同様資金の弁済、弁済なき場合の不動産の処分をほのめかしたことがある。

3  以上のような経緯で、被告人は、昭和三八年二月四日、玄乙福が被告人方に持参してきた(イ)現金五〇〇万円、(ロ)約束手形(額面合計七四一万六九一五円)、(ハ)小切手(額面合計二四二万三六九〇円)および(ニ)ビニール、スポンジ、コール天など商品(玄と被告人との間で若干の接渉があつたが金二〇〇万円相当と評価されたもの。)を弁済又は代物弁済として受領し、翌五日、玄からその申出により同人やみやま化工の印鑑、委任状等を受領して、(ホ)信用組合大阪商銀に対する出資金返還請求権、預金債権等合計五四二万九四三四円、(ヘ)株式会社三和銀行(萩之茶屋支店)に対する預金債権一二九万二五六五円、(ト)株式会社福徳相互銀行(萩之茶屋支店)に対する預金債権一四三万七〇九六円を代物弁済として譲り受けた((ホ)ないし(ト)の合計は八一五万九〇九五円である。但し、(ホ)については不渡手形の処理があつたため、現実の被告人への入金は四三九万六四六四円となつた。)

被告人は、右二月四日の時点においては、玄乙福の言動等により、自己の受けた金品等がみやま化工の資産の大部分を占め、右弁済、代物弁済がみやま化工を破産に導いて他の一般債権者を害することとなることを了知していたが、自己の貸付金回収のためにはこれもやむをえないと考えていた。

被告人は前記のとおり、みやま化工に対し、手形貸付により金員を貸付けていたもので、昭和三八年二月四日当時、その貸付合計額(元本のみ)は四五七三万円(手形二〇通)うち、同日の時点で支払期日の到来していたことが明らかな手形は一四通、その金額は一六一三万円、翌五日の時点でのそれは、一六通、二七三三万円であり(なお、昭和三八年一月一〇日の時点でのそれは、八通、一〇七五万円)、そのほかに昭和三七年九月以降の利息が支払われていなかつたところから、被告人および玄乙福は、その債権(債務)総額を(利息を月四分として)五六七八万二〇〇〇円と考えていたものである。

4  玄は、昭和三八年二月五日頃東京方面に逃亡し、みやま化工は、同日約束手形が不渡となつて一般支払いを停止したうえ、洪益杓ら一般債権者の申立により同年五月二七日大阪地方裁判所で破産宣告を受け、同年六月二二日これが確定した。破産債権者として届出のあつたものは二八名、その債権総額は約四二〇〇万円であつて、届出のなかつたものを含めた債権者は約五〇名、債権総額は(被告人分を除外して)約四五〇〇万円と推認されている。

(二)  以上の各事実は、取調べた各証拠を総合してこれを認めたものであるが、(イ)前記3の金品等の移動に際し、弁済、代物弁済契約が存したかどうかの点と(ロ)前記2、3に関して、当時の被告人の主観的認識、意図、言動がどのようなものであつたかの点を除けば、若干の日時、金額のくいちがいがあるといはえ、検察官の当初からの主張とほぼ一致し、かつ、被告人も捜査段階において自認しているところである。そこで、右(イ)(ロ)の二点につき、前記認定に至つた理由を簡単に説明しておくこととする。

まず、(イ)の点、すなわち、前記3のとおり、玄が被告人に対し現金および小切手、約束手形、商品、預金債権等を引渡し、被告人がこれらを受領した事実(以下、本件引渡という。)についてである。検察官は、本件引渡に関して、(1)玄は、被告人から玄龍九らの担保不動産の処分をほのめかされ、主として、これをおそれる気持から本件引渡を決意したものであること、(2)本件引渡に際し、玄と被告人との間には本件引渡の金品等をどの債権にどのように充当するかにつき明確な表示がなされていなかつたこと、(3)みやま化工の被告人に対する債務を担保等するために被告人の所持していた約束手形、為替手形(各二〇通、少くともそのうちの本件引渡に対応する部分)が、本件引渡と引換えには玄に返還されていないこと、(4)その後現在に至るまで玄龍九らの担保不動産は処分されていないこと、などの事情が存することを指摘し、それ故、(現金を除く)本件引渡は、代物弁済としてなされたものでなく、担保不動産の処分猶予のためのいわば謝礼等としてなされたものと解すべきである旨主張している。しかしながら、この点は、捜査段階の当初から、被告人および玄乙福がほぼ一貫して代物弁済であつた旨供述しているところであつて、検察官の本件主位的、予備的訴因自体がこれを前提としているものであるうえ、右(1)ないし(4)の事情は、これを個別的に検討してみても、総合的に考慮してみても、(現金を除く)本件引渡が代物弁済としてなされたと解することの妨げとなるほどのものではなく、少なくとも、これを単なる謝礼等と解することは極めて困難であつて、検察官の右主張は採用できない。そして、右被告人、玄の捜査段階からの供述に加え、被告人が貸金業者であり、当時みやま化工に対し多額の貸金債権を有していたこと、玄龍九らの担保不動産は昭和三八年二月五日当時に自用建物およびその敷地として評価した場合総計三二〇〇万円弱であつたと考えられること、被告人は本件引渡によつてもなおみやま化工に対し相当額の債権を残すものであること、本件引渡の対象は現金およびこれに準ずる小切手、約束手形、金融機関に対する預金債権等が大半を占めていること、本件引渡の際、ビニール、スポンジ等の商品については前記のとおり、被告人と玄との間で若干の接渉があつて、その結果金二〇〇万円と評価することとなつたこと、玄は本件引渡後間もなく逃亡してしまい、その後みやま化工に対する破産手続の開始、被告人らに対する本件刑事事件捜査の開始等の事情が生じたこと、などの諸事実を考慮すれば、弁済の充当等につき明確な話し合いがなされなかつたとはいえ、本件引渡はみやま化工の被告人に対する債務の弁済(現金五〇〇万円につき)および代物弁済(小切手以下のものにつき)としてなされたものと認められ、代物弁済は、小切手、約束手形については、その額面金額で、預金債権等については、引渡時における帳簿上の金額(相殺等処理前のもの)で、物品については金二〇〇万円で、金銭債務の弁済に代えられたものと認めるのが相当である。

次に、(ロ)の点、すなわち、本件引渡に至る被告人の言動、意図、みやま化工の経営状態や本件引渡の結果生ずる事態に関する被告人の認識などについてである。みやま化工が本件引渡により倒産するであろうことは知らなかつた、とし、倒産後他の債権者らに対して倒産を予想して玄に弁済を催足したためかなり回収できた旨自慢した事実はない、とする、被告人の当公判廷における弁解が到底措信できないのであるが、さりとて、前記認定をこえて、当初(昭和三八年一月一〇日頃)から被告人がみやま化工の倒産を認識して、敢えてその全資産の引渡を要求したとか、担保不動産の処分を材料として、玄に対し本件引渡を強制したとか、連日のように玄につきまとつて債務弁済を督促したとか、の事実は、証拠上これを認めることはできないのであり(右倒産後の他の債権者に対する自慢話には、相当の誇張があつた疑いがある。)、前記のとおり、被告人は、当初からみやま化工の倒産に至るようなことまでを玄乙福に要求したものではなく、しかし、本件引渡の時点では、倒産を予想し、他の一般債権者を害することとなることを了知しながら、敢えて、弁済、代物弁済を受けたものと認められるにすぎないのである。

三当裁判所の見解と判断

(一)  主位的訴因について

破産法第三七四条第一号にいう「債権者ノ不利益ニ処分スルコト」とは同号列挙の「隠匿」、「毀棄」にも比すべき債権者全体に絶対的な不利益を及ぼす行為をいい、単に債権者間の公平を破るにすぎない行為はこれに当らないものと解すべきことは、本件最高裁判所大法廷判決の判示することろである。

従つて、本件玄の被告人に対する本件引渡行為のうち、現金の支払が弁済としてこれに当らないことはもとよりのこと、約束手形、小切手、預金債権等の引渡も、それが前示のとおり現金に準ずるものとして対応金額の債務に対する代物弁済としてなされた以上、「債権者ノ不利益ニ処分スルコト」に該当しないことが明らかである。本件引渡のうち、ビニール、スポンジ等の商品の引渡については、それが金二〇〇万円の債務の代物弁済として相当であつたかどうか、疑問が全くない訳ではないのであるが、右商品が金二〇〇万円をはるかに超えるものであつて、右代物弁済が著しく権衡を失するものであつたとは、証拠上到底認めることができないから、結局、この点もまた「債権者ノ不利益ニ処分スルコト」に該当しないものというべきである。

よつて、主位的訴因については、犯罪の証明がないこととなる。

(二)  予備的訴因について

1  代物弁済が破産法第三七五条第三号にいう「債務ノ消滅ニ関スル行為ニシテ債務者ノ義務ニ属セ(サルモノ)」に該当すること、それ故玄乙福の本件引渡行為のうち代物弁済としてのそれが右法条号に該当することは明らかである(右法条号が一定の条件下における代物弁済行為を処罰している趣旨にかんがみると、本件の小切手、約束手形の引渡のように、それが額面対応額で、しかも、当時弁済期の到来していた金銭債務に充当されたものと認められる場合には――弁済の充当につき特段の意思表示がなかつたのであるから、民法上の法定充当によることとなる。そして、右引渡のなされた昭和三八年二月四日時点における弁済期到来の債務としては、前示の元本一六一三万円のほか、利息分が、検察官指摘の方法で利息制限法所定の範囲内のものとして計算しても二〇〇万円をこえていたと認められるからである、――その行為自体は右法条号に該当しないものと解する余地がないではない。しかし、本件では、同日の商品の引渡、その翌日の預金債権等の引渡と併せ、代物弁済を一体として評価するのが相当であるから、形式的には、全体として右法条号に該当するものと考える訳である。)。

2  玄乙福が、右代物弁済を行つた事情は前示のとおりであるから、同人は、結局、「破産ノ原因タル事実アルコトヲ知」つて、玄龍九らの不動産処分をさける等の動機からとはいえ、被告人という特定の「債権者ニ特別ノ利益ヲ与フル目的ニ以テ」これをなしたものというべきであり、破産法第三七五条第三号による処罰を免れないのものというべきである。

3  検察官は、被告人は玄乙福の共同正犯者として同様の処罰を免れない旨主張している。しかしながら、破産法第三七五条第三号は、その規定の文言上も、又、実際上も、債務者による担保供与、代物弁済、期限前弁済等を典型とし、その相手方たる特定債権者の受領等の行為の存在を予想したものと解されるのであり、しかるに、破産法は債務者のみを処罰することとしているのであるから、いわゆる対向犯において、必要的関与者の一方のみを処罰する規定がある場合であつて、これを正犯者として処罰することは、刑法第六五条第一項によつても、許されないものと解するのが相当である(この点では構成要件の規定文言上も、又、実際上も特定債権者の存在、関与を予想しているといえない同法第三七四条第一号の場合とは異る。破産法第三七四条第一号、第三七五条第三号がともに対向的関係に立つ行為の存在を常に必要とするものでないことは検察官指摘のとおりであるが、両者の間には質的な差異があるというべきである。)。けだし、債務者の担保供与、代物弁済等を受領等する債権者の行為も違法でないとはいえないが、それは全債権者に対し公平に弁済をなす義務を負う債務者の場合と同視できないし、責任の面でも債務者の提供してきた担保、代物弁済等を拒否することまで通常の債権者に期待するのは困難であるから、法は、債務者の違法行為に対応する債権者の通常の関与行為については、これを処罰する規定を置かなかつたものと考えられるのである。もつとも、債権者が処罰されないのは、右のように通常予想される関与行為についてであるから、これをこえた違法性、責任性の強い行為が債権者によつてなされた場合には、債務者の破産法第三七五条第三号違反行為に対する教唆犯、幇助犯として処罰される余地があると解すべきであつて、正犯者として処罰されないことから当然につねに債務者の(狭義の)共犯者としても処罰されないという訳ではない。

そこで、本件において玄乙福の代物弁済行為に対する被告人の関与行為を検討してみると、(1)昭和三八年一月一〇日頃(およびその後一、二回)の玄に対する言動は、多額の弁済期到来の債権を有し、しかも弁済に関する約束を破られた貸金業者として当然許される債権取立行為の域を出ないうえ、被告人に玄をして倒産に直結する代物弁済行為までを要求する意思があつたとは認めがたいこと前示のとおりであるから、いまだこれをもつて玄乙福の破産法違反行為に対する(違法な)教唆行為とはいえず、(2)同二月四日、五日の代物弁済に際しても、被告人は、前示のような経緯によつて玄が持参し、あるいは申出た商品、債権等を受領したにとどまり、これをこえた特段の加功行為をなしたものとは認められないから、同様これをもつて玄乙福の破産法違反行為に対する(違法な)教唆又は幇助行為ということはできない(検察官は、被告人が弁済を強硬に督促し、担保不動産の処分を申し向けて圧力をかけた旨指摘しているが、その実情は前示認定のていどにとどまるのであつて、不動産の処分といつても抵当権実行の具体的な話があつた訳ではなかつた。又、代物弁済についても、その時期、対象、引渡の態様等、いずれも玄乙福の主体的決定によつたもので、これらの点に関して、被告人が具体的な指示をしたり、協議をした事実は証拠上認められないのである。)。

その他本件全証拠によつても被告人が玄乙福の本件代物弁済行為につき、違法な関与をなした事実は認められない。

従つて、結局、予備的訴因の事実についても、正犯者としては罪とならず、教唆犯又は幇助犯としても(有罪とする場合には当然訴因変更手続が必要であるが)その犯罪の証明がないこととなる。

四結論

以上の理由により被告人に対しては刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。 (堀内信明)

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